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東京高等裁判所 平成5年(行コ)54号 判決

控訴人(原告) ザ・バンク・オブ・ノヴァ・スコシア

被控訴人(被告) 麹町税務署長

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成元年二月二八日付けで控訴人に対してした、昭和六〇年一月分から昭和六三年一〇月分までの各源泉所得税の納税告知処分のうち、原判決添付の別表一の「源泉所得税の額」欄に記載された額をそれぞれ超える部分及び右源泉所得税にかかる不納付加算税賦課決定のうち、同表の「不納付加算税の額」欄に記載された額をそれぞれ超える部分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  本件事案の概要は、次項以下に記載する当審における控訴人の新たな主張及びこれに対する被控訴人の認否反論の他は、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の当審における新たな主張

1  グロス・アップの合意の不存在

被控訴人は、控訴人が本件従業員の本件経済的利益に係る源泉所得税をみずから負担して、本件従業員にその負担をさせない取扱いをしていることを指摘し、これを右両者間にグロス・アップ合意が存在したことの根拠とするが、控訴人は平成五年九月の時点で、本件従業員の納税管理人から未徴収の源泉所得税相当額(グロス・アップ計算を前提とせずに算出したもの)を徴収した。この事実自体が、控訴人と本件従業員との間の給与等に関する合意が、本件経済的利益の額を規準として、控訴人が源泉所得税を源泉徴収することを妨げない趣旨のものであることを表している。それゆえ、控訴人と本件従業員との間に、右源泉徴収をしないことを内容とするグロス・アップの合意があるとみるのは誤りである。

2  被控訴人が本件と事案を同じくする訴外A社につきグロス・アップ計算を適用しないで課税したが、それとの関係で、控訴人への課税につきグロス・アップ計算を適用することは平等原則に反する結果をきたす。

被控訴人は、平成三年四月ころ、前提となる事実関係が本件とほぼ同じA社の案件につき、A社に対し、案件処理の方法として、グロス・アップ計算を前提とする方法とそれを前提としない方法とがあり、そのいずれを選択するかは、源泉所得税徴収義務者であるA社の自由であると説明している。そして、A社がグロス・アップ計算を前提としない方法を選択したのを容認している。本件が問題となった平成元年とA社の案件が処理された平成三年の時点で、問題となっているグロス・アップ計算関係の税法及び通達には一切変更がなかった。このような被控訴人の一貫しない態度に照らしても、本件事案にグロス・アップ計算を適用しなければならないとする被控訴人の主張にはさしたる根拠がなく、控訴人にグロス・アップ計算を適用することは、税の平等原則に反するものである。

三  控訴人の主張に対する被控訴人の認否反論

1  控訴人の主張1について

控訴人主張のように、本件従業員から控訴人に対して未徴収の源泉所得税相当額(グロス・アップ計算を前提とせずに算出したもの)の金額が支払われた外形が存在することは認めるが、右は、控訴人が本件事件を有利に導くために仮装してしたものであるとの疑いが濃いものである。また、仮に、後日控訴人主張の金銭の支払いがされているとしても、そのことによって当初の合意内容が変更されるものではない。

2  控訴人の主張2について

控訴人主張の事実は否認する。

被控訴人は控訴人に対し、本件告知処分のための調査に昭和六三年一一月着手し、同年一二月にはこれを終了して控訴人の源泉所得税の徴収漏れの事実を把握し、これを控訴人の担当者に指摘していた。これに対して、控訴人の担当者鈴木は、控訴人のミスを認め、今後の是正を約し、源泉所得税の追徴税額は控訴人が負担することになっているので、被控訴人の調査に基づいて算定された源泉所得税額から、本件従業員が確定申告によってすでに納付している所得税額を控除した金額をもって自主的に納付することを希望した。そこで、被控訴人は、控訴人が主張するA社のケースと同様に、控訴人の事情を十分に考慮して、控訴人の右の希望を容れて、控訴人に対し自主納付をしょうようした。しかるに、控訴人は、本件告知処分がされた平成元年二月二八日に至るまで右の自主納付をしなかったばかりか、右鈴木は、「本件経済的利益につき、源泉所得税を納付すべき義務は存在しないから、これを納付する必要はない。したがって、自主納付はできない。」旨被控訴人に申し出た。被控訴人の調査担当者は、控訴人の右の対応を受け、自主納付することを説得したものの、控訴人がこれに応じなかったため、源泉所得税の追徴税額を法の定めに従って計算し、これを告知するほかないものと判断したものである。これに対し、控訴人の主張するA社のケースにあっては、A社において、受給者からの追徴税額を自主納付したことが前提となっており、同社に対する徴収処理が異なるから、差別的な取扱をしたとの主張は失当である。

第三証拠関係〈省略〉

第四当裁判所の判断

一  当裁判所も控訴人の本件請求はいずれも理由がなく、本件控訴はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加するほかは原判決「第三 争点に対する判断」に記載されるところと同一であるから、これを引用する。

当審における新たな証拠調の結果によっても右の判断を左右するに足りない(なお、控訴人は、本件マニュアルによれば控訴人と本件従業員との間にグロス・アップ合意がなかったと主張し、その根拠の一つとして、控訴人が本件経済的利益を本件従業員らに給付する時点で源泉所得税の徴収をしていなかったのは、右の合意が存在したためではなく、単に控訴人が源泉所得税の徴収義務の存在を知らなかったことによるものであり、その存在を認識していたとすれば行っていたであろう本件マニュアルに基づく取扱いなるものを仮定し、この仮定によれば、訴訟人はグロス・アップ合意が存在しない場合と同様の処理をしていたはずであるから、結局、控訴人と本件従業員との間にグロス・アップ合意がなかった旨るる主張する。しかしながら、控訴人が右仮定に基づいて主張する方法によっても、控訴人が現実に行っていた本件経済的利益の支給によって本件従業員が受けた実質的な経済的利益と同一のそれを本件従業員に取得させることはできないものであり、かえって、右の控訴人が本件従業員に現実に支給していた経済的利益の点についてみると、本件経済的利益のうち水道光熱費及びメイド費等については、本件従業員が必要とする全ての額を控訴人が、また、日本での申告所得税の確定分、予定納税分及び道府県民税(都民税、特別区民税を含む。)等については控訴人の東京支店が、それぞれ本件従業員に代わって支払っていたものであり(当事者間に争いがない)、控訴人によるこのような支払いが経済的利益の支給として、源泉徴収の対象となることも明らかである。したがって、控訴人が本件従業員に支給していた本件経済的利益は、いずれも税引き後の手取り額としてのそれであったものというべきである。本件マニュアルには、控訴人の主張するとおり、本件経済的利益の支給に関して、グロス・アップ計算による旨の明文の条項は存在しないものの、前記のとおりの状況に照らせば、前記のような経済的利益の支給態様は、控訴人と本件従業員若しくは控訴人東京支店と本件従業員との間のグロス・アップ計算によるものとの合意に基づくものであったというべきである。)。

1  控訴人の新たな主張1について

本件従業員から控訴人に対して未徴収の源泉所得税相当額(グロス・アップ計算を前提とせずに算出したもの)の金銭が本件処分の後に支払われた外形が存在することは当事者間に争いがないが、仮に、真実、後日控訴人主張の金銭の支払いがされているとしても、そのことによって当初の合意内容が変更されるものではなく、また、そのような事実が仮に存在しているとしても、前記引用にかかる原判決理由説示のとおりの事実関係に照らせば、そのことによって、本件経済的利益の支給の時点でグロス・アップ計算によるとの合意が存在したとの認定を左右するに足りない。

右によれば、控訴人のこの点の主張は理由がない。

2  控訴人の新たな主張2について

秋元秀仁及び澤田利成作成部分については当事者間に争いがなく、道又修二作成部分については弁論の全趣旨によりその成立の認められる乙第三号証、当審証人吉岡強、同鈴木秀太郎の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、原審証人鈴木秀太郎の証言中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、被控訴人は本件と類似するA社のケースについて、同社に対し追徴税額の自主納付をしょうようし、これを受けて、A社は右税額を自主納付した。また、被控訴人は、昭和六三年一一月、控訴人に対し、本件告知処分のための調査に着手し、同年一二月にはこれを終了して控訴人の源泉所得税の徴収漏れの事実を把握し、これを控訴人の担当者に指摘していた。これに対して、控訴人の担当者鈴木は、控訴人のミスを認め、今後の是正を約し、源泉所得税の追徴税額は控訴人が負担することになっているので、被控訴人の調査に基づいて算定された源泉所得税額から、本件従業員が確定申告によってすでに納付している所得税額を控除した金額をもって自主的に納付することを希望した。そこで、被控訴人は、右の希望を容れて、控訴人に自主納付をしょうようした。しかるに、控訴人は、本件告知処分がされた平成元年二月二八日に至るまで右の自主納付をしなかったばかりか、右鈴木は、「本件経済的利益につき、源泉所得税を納付すべき義務は存在しないからこれを納付する必要はなく、自主納付はできない。」旨被控訴人に申し出た。被控訴人の調査担当者は、控訴人の右の対応を受け、自主納付を説得したものの、控訴人がこれに応じなかったため、源泉所得税の追徴税額を法の定めに従って計算し、これを告知するほかないものと判断したものである。

以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人に対しても、追徴税額の自主納付をしょうようして、自主納付の機会を与えていたものであり、被控訴人のした本件課税処分は、控訴人が、一旦は右の被控訴人のしょうようを受けて自主納付することを約しながら、後にその態度を翻して自主納付をしなかったことにより採られたものであって、A社に対する課税処分との間に差別的取扱いが存在するとする控訴人のこの点の主張も理由がない。

二  以上によれば、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却すべきところ、これと同一の結論を示す原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩佐善巳 稲田輝明 平林慶一)

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